日々と君

How I wonder what you are !

◯ この闇を突き抜けて

今年も夏のお知らせがやってきました!やったあ!!!やっときたよ!!!ポスターの小島くんがとっても爽やか!!!小島くんと過ごす初めての夏です。ワクワク。ドキドキ。とそれだけの気持ちで過ごしたいのに久しぶりに見た「少年たち」の文字にズキズキします。キラキラの思い出。それが今となってはズキズキの元で。

 

ただの感情のなぐり書きです。重く長くなるのは先に宣言しておきますが、バーーーーッと書かせてもらおうと思います。毎度毎度はてブを吐き出し口にして申し訳ない。

 

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いやお前しばらく考えるのやめるとか言ってたじゃん?って話なんですけど、吉岡くんの話をさせてください。ちょっと1人で抱えきれなくなった。

 

もう姿を見せなくなってからどれだけ経ったのかを数えることすら苦しくてあんまりちゃんと数えなくなりましたが、もう随分長い時間が経ったと思います。雑誌に載らなくなったのは確か10月からだったかな。最後のお仕事はおそらく産経新聞でした。悔しさを滲ませながらも前向きなことを話してくれてどんなに幸せだったか、今でも覚えています。

 

言ってしまえば、好きになったころからなんとなく「この人は永遠にアイドルでいてくれるようなタイプではないんじゃないか」と感じていました。めちゃくちゃダンスが好き!!ステージに立つのが大好き!!!って感じでもないなあと思ってたから。本当はどうだったかなんて知らないよ。心の底からアイドルというお仕事が大好きだったかもしれない。わからないけど。でも彼の口から出る特技はいつだって「ボクシング」で、「ボクシングのお仕事が欲しい」という話も、彼は何度も口にしていました。確かに得意なことでお仕事をもらえればそれはまた素敵なことだなあなんて思ってはいました。

 

そういうのを見てたからかな、ずっとアイドルとしてやっていってくれるとは限らないんじゃないかと薄々感じたりしていました。感じていたつもりではいたけどでも言霊ってあるから、私がそんなことを言ってはなから諦めてしまって、彼が本当にアイドルじゃなくなってしまったら悲しいし、願わくば私の予想なんて覆してずっとアイドルでいてくれればいい。デビューを志してくれればいい。どんどん前に出ていってくれればいい。と、思っていました。

 

だから常に不安はあったというか、「今を絶対逃してはいけない」と感じてたんです。いつか「あの時もっとちゃんと見ておけば」とか「もっと応援しておいてあげれば」とか思うのが嫌だったから。そうなる気がしてたから。一ミリも見逃さないようにしたいと思ってた。全身全霊で応援しても無駄がない人だと思うくらい、好きだった。でも正直、当時DK組と呼ばれた4人(晴晴とわれん)の中でも人気は高い方ではないのかな、と感じることも多々あった。(そんなことはなかったのかもしれないけど)まあ私は吉岡くんが世界で一番かっこよくて世界で一番素敵だと思ってたからそんなこと気にしなくてもいいか、と思ったときもあったけど、でもファンが増えないことにはどうにもならないしお仕事も増えないと気づいて、ステマシートを作ったりこのブログでも吉岡くんをステマしたり、何か彼がもっと前に出れるように力になれればと必死になった時期もありました。

 

でもそんな私が少し安心したのが、去年の夏だったんです。少年たち。仲間とはバラバラになった夏だったけど、私の中ではこれまでになく本当に本当に素敵な夏でした。色んな人から「Rhenやばいね」「Rhenかっこいいね?!」って声をかけてもらいました。嬉しくて嬉しくて、「そうでしょーーー?!」って得意げに話しました。目立てるって大きいなって実感した舞台。

 

メインの囚人チームに入れるなんて、夢にも思ってなかったから、本当にうれしかった。

 

と彼は後に、産経新聞で話してくれました。私もそうだった。ごめんね、全然期待してなかったの。正直、出れてもチームには入れないだろうと思ってた。だから本当に嬉しくて嬉しくて仕方なかった。セリフ一つ発するたびに泣きそうになるくらい、本当に嬉しかったの。今でも言葉にするのが難しいくらい。でもそれと同時に、夢にも思ってなかったんだなって、彼は自分の立ち位置をそういう風に把握してたんだなって、ちょっぴり寂しくもなったのを覚えています。自信家に見えて、案外アイドルとしての自分に自信はなかったのかな?グッズが出なかったことも含めて、康二に相談もしてたみたいだったし色々悩みも抱えてたのかな?大丈夫だよ〜、グッズだってずっと待ってるから、ゆっくりでもいいからね〜って、お手紙書かないとな、って思ってたの。産経新聞を読んで伝えたかったことは冬にお手紙に書こうと思ってた。書きたかった。

 

いつも一緒の仲間と離れ離れになった夏。その分先輩たちとの関わりも増えた夏。とにかく目立てた夏。たくさんのものを吸収して、発見して、また成長してくれたんだろうな、自信もついただろうな、と思ったんです。

 

「大丈夫だろう」と思ってしまった。まだまだステージに立ってくれる。大丈夫だ。と、思った。それが間違いだったな、そんなこと思わなきゃ良かった。今ものすごく後悔しています。

 

ここでいなくなることなんてないだろうと思った。ヨッシャここからどんどん前出ていこうぜ!!!!😆くらいの能天気なオタクになった。

 

でもご存知のとおり、その夏以降今まで、彼がステージに立つことはなかったんです。

 

何を根拠に安心したんだろう、何もわかってなかったなあ。2017年の春の最後に出した手紙には、シンメのいなくなった彼に不安を覚えて、すがるような気持ちで「これからもステージに立ち続けてください。ついて行かせてください。ずっと応援させてください。」と書いた私が、夏の最後に出した手紙には能天気に「冬も会えるの楽しみにしてます♡」なんて書いてた。バカ。なに言ってんの。でも本当に会えると信じてやまなかったんだよ。なんで突然いなくなっちゃうの。どっちかわからないまま過ごしてるこの数ヶ月がどれだけ苦しかったかわかる?なんて責めたくなるけど、優しい彼は困った顔をするんだろうな。

 

どれだけ嘆いたってもう戻れないのに一生嘆き散らかしてしまいそう。アイドルとしての彼をあまり信じてあげていなかった私がちゃんと信じてあげられるようになったことは良かったのかもしれないけど。

 

案外どんな場所にだって行けるよ

その足で踏み出せ!世界は変わる!

 

と、色んな場所で彼は歌いました。いつも力強くて、ああ本当にこの歌詞の通り、どんどん素晴らしくなるんだろうな。と見るたびに思いました。だから彼がいなくなってからこの曲が披露されるたび、胸が締め付けられました。勝手だけどね。でも大好きな彼がいつも居場所を見たら、違う子がいるんだもん。あなたが使ってたベースを持って。そりゃ苦しくもなるでしょ。

 

「宇宙に行ったライオン」もそう。私が初めて吉岡くんに心奪われたあのときに、吉岡くんが演奏していた曲でした。当時は西畑くんを見に初めて足を運んだ松竹座。バンドコーナーで見るとこに困った私がたまたま目線をやった先がベース。ほとんど一目惚れでした。うつむきがちにベースを弾いている男の子を見て「あんなかっこいい子いたかな…?」って。ほとんど西畑くん以外に興味がなかった当時の私は、それ以前にWESTさんのツアーで吉岡くんのことを見たことはあったはずなんだけど、まあ見た記憶も一切ないし顔と名前は一致してないし、その子が「吉岡廉」だとわかったのは終演後だった。「ねえあのベースの子誰?」とその日私を松竹座へ連れて行ってくれた子に思わずその場で聞いたけど答えたくれたのかすら覚えてないの(笑)一瞬にして夢中だった。担当になったのはもう少しあとのお話なんだけど。だから多分1番思い出の曲。だから2017年冬の松竹座でイントロが流れた瞬間に「あぁどうしよう」と思ったし、赤のジャケットもベースも見覚えのあるものすぎて、泣かないわけにいかなかった。大阪城ホールでも思い出の曲を聞けたのに、そこでベースを持ってるのは彼じゃなかった。象にしてもそうなんだけど、「本当にお願いだから、もう別の曲をやってくれ」と何度も何度も思ったのを覚えてます。

 

いなくなってどれだけ時間が経っても、ステージの上探してしまいます。いないのにね。どこにも、頑なにシャドーしてる吉岡くんはいないのにね。

 

私が最後に会えたのは8月23日。あまり関係もないんだけどその日の話をさせてください。

色んな人に話してるんですけど、この日の前に入った日に出したファンレターに

「色んな髪色をしてみたいと日誌に書いてらしたので、髪色の変化も楽しみにしています。個人的には銀色が見てみたいです(笑)」という希望と、「次は23日に会いに来ます!」ということを書いて出しました。

そして23日に、髪色を変えてきてくれたんです。忘れもしません。あれが銀髪だったのかはわからないけど、光の加減によっては銀にも見えて、もうどうしようかと思うくらいドキドキしたのを覚えています。最後の曲が終わって幕が下りるとき、ベースから手を離した彼が、自分の髪を両手でつまみながら「髪〜!!!」と口パクで言ったのを見かけました。双眼鏡を落としそうでしたず随分自意識過剰な話なんですがあまりにも手紙に書いたことが実現されていたせいで、めちゃくちゃ嬉しくなりました。

あれが手紙を読んでくれたからだったのかは知らないけど、なんて素敵な人!!と勝手に思ったのを覚えています。あれが現時点で最後の思い出。

 

 

ねえどこ行っちゃったの?

 

 

 最後を知ることが難しいことなんて、ジュニア担になってからずっとわかっていたつもりでした。「もうすぐ辞めます!」なんて言わせてもらえないから。しかも「辞めました」と言ってくれたり、SNSに出てこない限りわからないままになるんです。とんでもなく残酷。露出がなくなるにつれて、名前が挙がらなくなるにつれて、周りは諦めていく一方だし、「まだ言ってんのか」なんて思われないかなって思ったりもしながら、たまにポツポツと、吉岡くんの話をしていたりもします。

 

正直、まだ待ってていいのかな〜って、迷います。もう何ヶ月名前が挙がってないかな。福福が復帰して、「ザワ」という名前がたくさん挙がる中、「廉」は一言も出てこないから、テキストを読んではがっかりして、どうしたもんかなあと最近もいつも考えてます。「一緒に活動してたザワが休業中やから、俺ひとりで戻っても立ち位置ないかな…」がここ最近一番刺さった。たいちぇに罪はないよわかってる!!!!わかってる!!!!!ごめんね!!!!何も悪くない!!!でもね!!!!って思いながらワンワン泣きました。そっかあ、そうなのか、って何度もその言葉を頭の中で巡らせながら。ほんまなんぼほど泣かすねん、そろそろ前みたいに笑顔にさせてくれや。(急に口が悪い)

 

 

いつだって全力で後悔しないように応援しているつもりでも、突然いなくなられるとどうしても「もっとこうしたかった」「ああしたかった」は残るんだなって身にしみて感じてます。

後悔はつきものなのかな。これだけ長々ズラズラと話してなんの意味があるのかもわかんないのに、話し出すと止まらなくなるんです(笑)

 

それだけ本気で大好きだったし、というより今も相変わらず昔の映像見ると「ああ好きだな〜」って思うし、でも「懐かしいな」とか「ああ吉岡くんだ」って珍しいものを見るような目で見てしまうようにもなってしまって、それがすごく切ない。今はどんな髪色なのかな?背はまた伸びた?ボクシングのトレーニングは結局再開したの?釣りも相変わらずかな?

 

元気にしてるといいな。

 

お願いだからどうしてるのか教えてほしい。ずっとこのままにしないでほしい。置いてけぼりにしないでほしい。このままがきっと、一番苦しい。

 

 

とっくに思ったよりあっさり小島くんに落ちて、大好きになって、また毎日楽しく過ごしてるけどどうしてもずっとしこりは取れてくれなくて、もどかしくて、そんな毎日。自分でも思った以上に振り切れないな〜〜〜〜!!!

 

まとまりがなくなっちゃったな、でもそんなこんなで今日も考えない日はないんだよ。

 

あーーー一筋の希望でも見えてくんないかなあ?!?!?!

 

 

とにもかくにも今年の夏もどうか、素敵な夏でありますように。

 

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